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<1>中心テーマ・キーワード <2>「友情・努力・勝利」との関連
(3)作品のモチーフ
<1>中心テーマ・キーワード
この作品の舞台設定は、摩訶不思議なアドベンチャーワールドといっていい。冒頭で「むかしむかし・・・」と語り、怪獣や恐竜が人間と共生しているこの世界には、「ポイポイカプセル」をはじめとする優れた科学技術も発展している。なお、キャラクターの名前、如意棒、筋斗雲といった『西遊記』の基本設定を借りてはいるものの、ストーリーはそれとは全く別物である。
『ドラゴンボール』の連載期間は11年、単行本は全42巻という長編マンガである。しかし、終始一貫しているのは悟空がどんどん強くなっていくことだ。この作品は、主人公の成長物語としてとことん描かれているといえよう。ただし、そこでいう「成長」とは「戦闘」という一点においてのみであり、内面の変化については一切描かれていない。
初期の頃はドラゴンボール探しが話の中核であり、その旅の様子と人々との出会いが描かれていた。しかし、物語中盤からはドラゴンボールは人を生き返らせるため、あるいは地球を元どおりにするための「道具」に過ぎなくなる。ドラゴンボール自体もパワーアップし、叶えられる願い事の数は増え、「一度生き返った者は二度と生き返られない」という初期の設定も最後はなくなってしまった。
こうしたことは、作品の連載が長期間に渡っているために生じた結果かもしれない。しかし、少なくともドラゴンボールの役割が変わっていったことは重要な意味を持つだろう。何でも願いを叶えてくれる魔法のアイテムが、いつのまにか戦闘で死んだ者を生き返らせるための現実的な道具になっていったこと。それは、紆余曲折を経てやっと願い事が一つだけ叶う夢物語よりも、どんどん敵と戦って主人公が強くなっていく話を読者が求めた証ではないだろうか。
<2>友情・努力・勝利との関連
【友情】
この作品では、「友情」は前面に押し出されてはいない。しかし、戦いの中で仲間を失うことは悲しみ以上に怒りが大きく、その時は悟空も「おまえはオラのだいじなものをたくさんうばってしまった・・・」「ぜったいにゆるせねえ・・・」と激怒して相手を倒している。その際、作品内では「仇うち」という言葉が頻繁に使われている。いつもわくわくしながら相手と戦う悟空だが、仲間がやられたら必ず自分で仕返しをしている。ただし、仲間が悪者に酷い目にあわされた時の彼の「怒り」は、あくまで敵を倒す時のきっかけに過ぎず、それ以上のことは描かれていない。
また、物語中盤の「ベジータ編」で悟空がはじめて披露した「元気球(げんきだま)」という技がある。これは、皆から少しずつ元気を分けてもらって、それを一つのエネルギーにまとめて敵に放つという技である。物語ラストの「魔人ブウ編」でも、悟空は全宇宙の人々から元気をもらい、それで元気球をつくって魔人ブウを倒す。その時悟空は、ブウに対して「・・・おめえはすげえよ よくがんばった・・・たったひとりで・・・」と言っている。ここでは、自分ひとりの力では叶わなくても、皆の力を合わせれば勝利できるということが描かれている。
また、この作品では強い敵が立ちはだかる度、以前のライバルは主人公の味方となり、協力して敵をやっつけるというパターンが繰り返された。天下一武道会では舞台の設定上一対一のバトルであったが、その他の戦いでは他者の協力を得て勝利に結びついている。ただし、それは「友情の証」というより「勝利のための団結」といった方がよいだろう。
【努力】
連載が始まった80年代半ばの頃は、修行シーンがある程度描かれていた。たとえば、亀の甲羅を重りにして体を鍛え、牛乳配達をしながらマラソンするなどである。しかし、これらも基本的にギャグであって真剣な鍛え方ではなかった。
その後、雲の上までつながっているカリン塔を上り、地球の10倍、100倍の重力の中で体を鍛えるなど、物語が進むにつれ修行の仕方も現実とは大きくかけ離れていった。それと同時に、修行シーンはどんどん省略されていく。単行本10巻で「そして次回は3年後・・・天下一武道会がまたはじまる・・・!!」と書かれているように、戦いが終わっては新たなバトルが即開始される。そして、物語終盤ではキャラクターたちはみな超人的な強さになっており、修行シーンはおろか真剣なバトルにさえギャグが入ってくるという状態であった。
いずれにしても、修行中に「努力」という要素は含まれていない点で、連載開始の頃から最後まで一貫している。まず、最初から悟空はケタ外れに強い。第1話では車に轢かれても無傷であり、それどころか如意棒で車をメチャメチャに破壊するというエピソードがある。そして、戦闘種族であるサイヤ人の血を引いていることもあり、悟空はさらに強くなっていく。
悟空は一度も修行を「辛い」と弱音を吐いたことはなく、難題を持ちかけられても「ま!いいか!!」と笑顔で軽く流すようなキャラクターだ。それどころか、「よろこんで修行するさ!!!」「オラのほうからたのみえてえぐらいだよ!!!」と自らすすんで修行に励んでおり、喜んで強くなろうとする(図3-8-5)。この「強くなりたい」というセリフは、作品中何度も出てくる言葉である。しかし、自ら積極的に修行をするといっても、それは「努力」ではなく強くなるための「通過儀礼」に過ぎない。苦しさ、しんどさ、辛さといったものは一切描写されていない。そして、修行をすれば必ず前より強くなっており、悟空は常に誰よりも一歩先に進んでいるのである。
【勝利】
物語が進むにつれ、悟空の強さはどんどん超人的なものとなっていった。最初は「かめはめ派」という技が唯一の必殺技であったが、そのうち「元気球」「界王拳2倍、3倍」といったようにどんどん技も増えていく。伝説の「超(スーパー)サイヤ人」になってからは、「超(スーパー)サイヤ人3」までどんどんレベルも上昇していく。図3-8-6は、物語終盤の「魔神ブウ編」で悟空が「超(スーパー)サイヤ人3」にまで変身する過程を描いたものであるが、まるでテレビゲームの主人公がレベルアップするかのようである。初期の「天下一武道会編」までは肉弾戦が主だったが、物語後半からの戦闘シーンでは「気」と「気」のぶつかり合いが中心になっていく。
しかし、作品を読む上で、悟空の強さに疑問を感じることはない。物語終盤、40トンの重りを両手足につけて「かんたんかんたんー!」と軽々と言う彼の姿は、さすがに読者の理解を超えている。しかし、悟空はスーパーサイヤ人、必ず前よりもっと強くなることが読者には確信されている。その限りない強さに対して、誰も疑うことなどない。作中、「サイヤ人という連中は不思議じゃのう・・・いや・・・悟空に限ってのことかな・・・強さに際限がない」というセリフが出てくるが、まさにその通りである。特に、悟空は他のサイヤ人に比べ成長が著しい。そして、どんどん強くなっていくそんな悟空に対し、読者は「この次はどうなるんだろう」「どんな強敵がこようとも、最後は悟空が必ず勝つ」と期待を寄せ、胸を膨らませるのである。
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